旧三菱美唄炭坑施設の第1抗付近は炭鉱メモリアル森林公園として保存されてます。2台の立坑櫓と原炭ポケット、立坑櫓の開閉所が残っており、安田侃の彫刻と調和しております。
東美唄の炭鉱にまつわる建物の案内
公園の整備されて頃にはあった周辺の建物はほとんど解体されてます、が橋はいくつか見ることができます。
当時の様子
2台の立て坑櫓
空知地方の立て坑は、ほとんど解体の方向で残っているものはわずかです。
立坑櫓開閉所
中のものはすべて撤去され、彫刻が置かれてます。
原炭ポケット
原炭ポケットは土留めのために解体せずに残っておりました。
彫刻とのコラボ
ふれあいの森
奥はふれあいの森として整備され管理棟やトイレがあり、キャンプができそうですが、周囲は熊の生息地ですので、お勧めできません。管理人もおりません。
通洞抗
さらに奥に行くと2連斜坑がありますが、見過ごしがちです。
第3抗
そして、あまり知られてませんが、この後背地の常盤台は炭住街が広がっていましたが、さらにその奥にもう一つ炭鉱施設があります。それが第3抗です。 稼働時期が短いため、あまり資料が残っておりません。上記の写真の黒丸付近です。
現在は整地され、露天掘りも行われてたのでほとんど残っておりません。
航空図で見たところ何も映ってないのですが、国土地理院の地形図の赤丸部分が気になりますので、行ってみます。
綺麗な草原となってます。露天掘りのずり山の雰囲気はなく平らな台地です。
この草原をまっすぐ抜けようとしたところ、大きく藪が動きました、鹿のそれではなく熊です。鹿なら飛び出して逃げていきますのでわかるのですが、大きく物体が動いた後、身をひそめてます。
ただ、油断していたところがあって、車を止めたところは、工事の重機の音が聞こえてたので、安心して、音の出る鉄砲はおろか、笛すら拭くのも忘れてましたので、あたりはシーンと無音の状態でした。それで、視認できるまで近づいてしまい、完全に不覚です。
相手は動かないので、こちらが退散。爆竹やら、鉄砲やら、笛やら、どんちゃん騒ぎで戻りました。
3抗まで探査する人は少ないでしょうが、かなり、道が雨で削られているにもかかわらず、何本か車の跡があります。
あきらかに、熊がおりますので、あたりの気配を注意し、十分な対策をしないと危険な場所です。