雪解けの元美唄沼東小学校と浄水施設

 

 廃墟マニアでは有名どころなので多くは語らなくてもいいでしょう。3月下旬に訪れました。スキー場の我路レストハウスは旧沼東中学校の屋内体育館を利用したもの。その横の川沿いの小道を行きます。車でも行けますが、この時期は、見るも無残なくらい、泥だらけになります。(画像はクリックで大きくなります。for PC)

 まもなく左手に小学校跡が見えてきます。

 門のあったあたりは、橋はなく、倒木がかけられてます。その先には橋がありますが、ここを渡って近道をします。

体育館

 先ずは、体育館から、本校舎からかなり外れてますが。

 学校と近くに廃車が。

学校

 雪解け水で、水没です。最も悪い時期に来てしまいました。膝上ぐらいまであります。流れ木、かき集めてみましたが、校舎内も水没で歩けないだろうと思い断念。先に、浄水施設がありますので向かいます。

浄水施設と立坑跡

 学校の上流の橋を渡り、やまがわに向かう道が続いてます。この時期なら、車でもこれそうです。

 立坑跡です。小学校は有名ですが、その上流に、立坑跡と浄水施設があるのはあまり知られてません。

 浄水施設。この建物の横に浄化槽があります。

外された橋の後と水道管がありますが。

上を見ると、雪解け水が多く向こう側には行けません。

5月中旬に再訪

 水量も少なくなり反対側に渡れそうです。

 

 綱渡りよろしく、これを渡るのは相当バランスの取れる人の見なので下に降りて、反対側に。

 小さな滝の上から見てますが、道もなく何もありません。

手前の橋

 途中で橋があり、道路は分岐してまだ林道はまだ上に続いてましたが、すでに廃道。

 しかし、大きな水槽があります。なぜこんな上に。

 上まで来ましたが、何もありません。

 水槽の横から覗いてみると、水道管が下へ伸びてます。この辺りに何かあったのでしょうか。

空中写真で過去を検証

国土地理院の空中写真を見てみます。この上流は川しかありません。

 もう少し、範囲を広げてみますと、学校の眼鏡校舎が2つ並んで、体育館も学校をつながってるのがわかります。学校の横は炭住の跡地です。

 さらに、時代をさかのぼって昭和30年代です。学校などもなく、浄水施設もありません。このあたり一帯は、炭鉱施設があったようで、先ほどの橋辺りは、上へ行ける隧道のような設備が見られます。そして、さらに南へは三井美唄炭坑方面へとつながっていたようです。

 全く、自然に帰った今では、当時の状態はうかがい知れません。(画像はクリックで大きくなります。)

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